水素原子と2次元調和振動子の非自明な対応関係
水素原子の固有値問題において,その動径方向の固有方程式はは方位量子数として,
であった.
この微分方程式を解けば水素原子の動径方向の波動関数と水素原子のエネルギー固有値が求められる.
このような方法による水素原子の固有値問題の解法は多くの教科書に載っている.水素原子の解法にはこの方法に限らず様々な別解があるが,講義でやって面白かったので,水素原子の動径波動方程式と2次元調和振動子のScrödinger方程式の関係を調べることによって水素原子の固有値問題を解く方法*1をまとめておく.
2次元調和振動子の角運動量代数
本論に入る前に2次元調和振動子の固有値問題を系がもつ対称性を用いた方法で解くことにする.
角運動量演算子と生成消滅演算子
2次元調和振動子のHamiltonian
について,生成消滅演算子は,
とし,系全体の数演算子を
と書くことにする.
このように約束したうえで,まずは角運動量
を生成消滅演算子を用いて表してみる.
生成消滅演算子の定義を ,について逆に解けば
となるから,これを上の角運動量の定義に代入すればいい.先に各項を計算することにすると,
となるから結局は,を用いて
と表せることになる.ここで生成消滅演算子の交換関係
などを利用した.
このように書き表したについて,全体の数演算子との交換関係を確かめておこう:
ここで,
となることを利用した.(これは生成消滅演算子の交換関係から即座に従う.)
2次元調和振動子の角運動量代数
さて,少し唐突であるが,演算子,を次のように定義する.
これらの演算子, はと同様にと可換であることが先の計算のように愚直に計算することで確認できる.
そこでさらに,, , の間の交換関係を確認することにする.
まず,との交換関係を確認しよう:
つまり,
であることが分かった.ほかの組み合わせについても同じく計算することで,
となることがわかる.
これらの交換関係から,, , は角運動量代数を満たすことが期待できる.そこで,を計算してみよう:
これまでに得た交換関係などをまとめて書くと,
となる.そこで,
と, , と角運動量代数とを対応させることができた.
2次元調和振動子のエネルギー固有値
角運動量代数との対応関係を利用して2次元調和振動子のエネルギー固有値を求める.
ととの同時固有状態は,
という固有方程式を満たし,それぞれ,の固有値を持つのであった.
即ち,対応関係よりとは,
という固有方程式を満たし,それぞれ,の固有値を持つ.
さて,がとのどれとも可換なことを考えれば,これら3つの同時固有状態をとることができて,について固有方程式
を満たし,その固有値をと置くことにしよう.この固有方程式を満たすことを考えると,がのみの演算子であることから,の固有方程式は
とも書ける.つまり,との間には,
の関係が満たされなければならない.これを解くと,
となるが,でなければならないことから,とわかる.
以上より,2次元水素原子のエネルギー固有状態は,固有方程式
を満たし,その固有値はである.
縮退度および角運動量とエネルギー固有値の関係
の固有方程式は,
を取りうることがわかる.の固有値は,であったからを用いての固有値は,
と書き直せる.すなわち,2次元調和振動子のエネルギー固有値がであるとき,角運動量のどれかを持っていて,重に縮退している.
この関係を縦軸にを取り,横軸にを取って表すと,
となる.これを式で表せば,
と表せる.
水素原子と2次元調和振動子の対応関係
2次元調和振動子のScrödinger方程式
極座標表示した2次元調和振動子のScrödinger方程式は,
である.これについてと変数分離された解を想定し,これを式に代入し変数分離すると,
となり,各変数ごとの微分方程式を得ることができる.についての微分方程式は即座に解くことができて,
となる.さて,について,一周させると系は同じ状態に戻るはずであるからとした時にが成立していなければならない.ゆえに,でなければならないことがわかる.
よって,最終的にScrödinger方程式は,
となる.
なお,ここで出てきたは角運動量を識別する量子数であり,上で2次元調和振動子を代数を用いて解いた際に出てきたと同じものである.実際,極座標で表した角運動量演算子の成分は,であり,これについては明らかに固有関数であり,その固有値はである.
水素原子の動径波動方程式
動径波動方程式
について,と変数変換し,と書くことにする.ここで,は長さの逆次元を持つ適当な定数である.
であることに注意すると,
となるので,この変数変換で波動方程式は,
と書き直される.
水素原子と2次元調和振動子の対応関係
2次元調和振動子のScrödinger方程式(2)と水素原子の動径波動方程式(1)を見比べると,角運動量,エネルギーを持った水素原子の固有状態に対応して,でなおかつ,角運動量がでエネルギーがであるような2次元調和振動子が存在していることがわかる.
水素原子のエネルギー固有値
2次元調和振動子のによる解法の最後で求めたように2次元調和振動子のエネルギー固有値と角運動量は,
のように分布するのであった.*2
角運動量,エネルギーを持った水素原子の固有状態に対して,かつ,,角運動量,エネルギーの2次元調和関数が存在していくので,これらを(1')式に代入すると,水素原子のエネルギーと角運動量が満たしながら動くべき式がわかる:
これをについて解くと,
となる.ここで,と書くことにしよう.すると任意の自然数について,となるようなの組み合わせはいつでも考えることができて,それはである.方位量子数が指定されたときに磁気量子数についての重に縮退していることを思い出せば,が指定されたときに系は,
重に縮退していることがわかる.
以上より,水素原子のエネルギー固有値は,
であり,で指定される固有状態にそれぞれにに縮退していることが分かった.
動径波動関数
水素原子のエネルギー固有値は既に求め終わったが,最後に動径波動関数も求めておこう.
簡単のため水素原子の基底状態(1s orbital)の動径波動関数を求めることにする*3.
第一励起状態,つまりのとき,であり,この時,
より,各振動数で,角運動量,エネルギーである調和振動子が対応する.*4これは第一励起状態にある2次元調和振動子であり,その解は
の線形結合で与えられる.角運動量がであることを踏まえると,第一励起状態の波動関数として,
つまり,
を取ればよいことがわかる.よって,変数分離した際の動径部分の波動関数は,
である.
水素原子の動径波動方程式(2)と2次元調和振動子のScrödinger方程式(3)の対応関係より,動径波動関数はと同じ解をもつので,
となる.ここで,であったことと,であったことを思い出せば,最終的に1s orbitalの動径波動関数は,
と求められた.