統計力学における形式的なアンサンブルの作り方
統計力学においてカノニカルアンサンブルやグランドカノニカルアンサンブル、あるいはアンサンブルなどを構成する方法を紹介する。
なお、この記事は統計力学のはじめの一歩 2020年版4章などの内容をまとめ直したものである。
統計力学の復習
Boltzmann原理によれば系のマクロなエントロピーとエネルギーがの間にあるような状態の数の間には
の関係があるのであった。
またこのBoltzman原理は状態密度を用いれば
と書くこともできる。
ミクロカノニカルアンサンブルから話を始めよう。
ミクロカノニカルアンサンブルにおいて、エネルギーがの間にある状態である確率は、
となるのであった。
そして、導出は省略する*1が温度の熱浴と対象系を全系としてミクロカノニカルアンサンブルを適用してやれば、対象系のエネルギーがであるような確率は、
で与えられる。ここには分配関数と呼ばれ、規格化定数のようなものである。そしてそれは、
で計算される。
この他にもグランドカノニカルアンサンブルなども同様に化学ポテンシャルと温度の熱浴を考え、それと対象系を含めたものにミクロカノニカルアンサンブルを適用すれば得ることができる。
各アンサンブルについてこのように物理的な状況を考え、それに対してミクロカノニカルアンサンブルを適用し新たなアンサンブルを得てもよいが、もっと形式的に新たなアンサンブルを得る方法がないか考えてみよう。
分配関数について
カノニカルアンサンブルにおいて規格化定数のような役割を果たす分配関数についてもう少し考えてみる。分配関数とは、
であった。この積分を計算することを考える。まず、Boltzmann原理を用いて状態密度をエントロピーを用いて書き換えると、
となる。そして、被積分関数が指数関数であることから鞍点法を用いて積分を評価しよう。
であるような点をと書くことにすると、被積分関数はこのの近くでのみ大きな値を持つのでこの付近でのみ積分を考えればよい。すると2次までの近似で被積分関数は、
と近似される。積分されるのは2次の項であり、それはGauss積分で計算でき、結局
となる。
さて、この分配関数の対数をとれば係数の部分はなので無視できることを考えると、
となり、Mathieu関数あるいは、Helmholtz自由エネルギーが得られる。
これらは、ミクロカノニカルアンサンブルにおけるBoltzman原理のカノニカルアンサンブルにおける対応物と考えられる。
つまり、ミクロカノニカルアンサンブルにおいて規格化定数のような役割を果たしていた状態密度がBoltzman原理によってマクロ系のエントロピーと結びついていたのと同様に、カノニカルアンサンブルでは規格化定数にあたる分配関数がマクロ系のMathieu関数(あるいはHelmholtz自由エネルギー)と結びついていることがわかる。
では、Mathieu関数(あるいはHelmholtz自由エネルギー)とは熱力学においてどのような量であっただろうか。
エントロピーの微分を思い出すと、
なのであった。そして、これをについてLugendre変換したものがMathieu関数(あるいはHelmholtz自由エネルギー)である。
ここで、分配関数の定義を見直せば、これは状態密度のを変数とするLaplace変換になっている。即ち、熱力学においてLugendre変換によって各熱力学関数が結びついていたのと対応して、統計力学では各アンサンブルがLpalace変換によって結びつくことになる。
形式的にミクロカノニカルアンサンブルからカノニカルアンサンブルを得る方法
先の過程を逆にたどってみよう。
まず第一にエントロピーからLugendre変換で結びつく何らかの熱力学関数(今の場合はMathieu関数)がミクロな系の量とBoltzman原理のように結びついてほしい。つまり、
という関係にあってほしい。ここではまだわからないミクロカノニカルアンサンブルにおけるにあたる量であり、はMathieu関数である。
次にこのようなを構成することを考える。上の式を変形すると、
となる。
さて、Mathieu関数においてはLugendre変換からによって定まっている*2ので、上の式におけるもこの関係を満たしていなければならない。すると、
というならば鞍点法を用いればLugendre変換から決まるに関する条件を満たしてなおかつ対数を取った時に熱力学関数が出るような規格化定数になる。そして、最後にBoltzman原理を用いれば
となり、これによってエネルギーがの時の相対確率がと決まる。
つまり、分配関数を構成したければ、エントロピーからLugendre変換したい変数についてLugendre変換後の自然な変数をBoltzman定数で割ったもの(つまり逆温度)を変数とするLaplace変換すればよいことがわかる:
こうしてMathieu関数とBoltzman原理からカノニカルアンサンブルを構成できた。
以上の手続きを形式的にまとめると次のようにまとめられる。
- エントロピーから使いたい、即ちBoltzman原理のようにそれによってミクロ系とマクロ系の対応を与える熱力学関数をLugendre変換によって求める。
- 状態密度をLugendre変換によって変えた後の自然な変数(をBoltzman定数で割ったもの)を用いてLaplace変換し、それを新たなアンサンブルにおける分配関数として定義する。
- 等重率の仮定より分配関数からある状態の確率を決める。
グランドカノニカルアンサンブル
形式的にアンサンブルを構成する方法の応用としてミクロカノニカルアンサンブルからグランドカノニカルアンサンブルを求めてみる。
エントロピーについて、その微分は、
であった。
まず、エントロピーの変数のとについてLugendre変換し、新たな熱力学関数を作る。
ここで、とについては、Lugendre変換からとによって決まっている。
この熱力学関数 のLugendre変換後の自然な変数について、がに、がになっているので、変換後の自然な変数をBoltzman定数 で割ったもの、つまりとを変数とするLaplace変換を行えばよい。つまり、
であり、このがグランドカノニカルアンサンブルにおける大分配関数である。
そして、を大分配関数としたことから、エネルギーがであり、粒子数がであるような状態の出現確率が、
と決まる。
こうしてBoltzman原理とミクロカノニカルアンサンブルからグランドカノニカルアンサンブルが構成することができた。
なお、構成方法からわかるようにグランドカノニカルアンサンブルにおけるBoltzman原理の対応物は、
である。ここで、はグランドポテンシャル。
T-pアンサンブル
アンサンブルについても同様に導出してみよう。
まず、エントロピーについて、とについてLugendre変換し、新たな熱力学関数*3を構成する:
ここで、とについては、Lugendre変換からとによって決まっている。
この熱力学関数のLugendre変換後の自然な変数について、がに、がになっているので、変換後の自然な変数をBoltzman定数で割ったもの、つまりとを変数とするLaplace変換を行えばよい。つまり、
であり、このがアンサンブルにおける分配関数である。
そして、を分配関数としたことから、エネルギーがであり、体積がであるような状態の出現確率が、
と決まる。
こうしてBoltzman原理とミクロカノニカルアンサンブルからアンサンブルを構成することができた。
なお、構成方法からわかるようにアンサンブルにおけるBoltzman原理の対応物は、
である。
その他のアンサンブル
同様のことを行えば物理的に使えるかどうかはともかくとして様々なアンサンブルを作ることが可能である。
また、ゴムの熱力学などで使えるアンサンブルについてもこの手法を用いて、それに対応するアンサンブルを構成することができる。この場合エントロピーの微分は、を張力、を変位として
なので、とについてLugendre変換した熱力学関数を考え、それに対応する分配関数を構成してやれば、
となる。そして、エネルギーが、変位がの状態の出現確率は、
となる。