二重ポテンシャル障壁による共鳴透過
一次元量子系のポテンシャル障壁による散乱において、のとき、を障壁の長さとすると
を満たす場合、透過率がとなり障壁を反射されることなく完全に通り抜けることが知られていて、これは共鳴透過と呼ばれている。
ポテンシャル障壁が1つしかないときは、の場合にしか共鳴透過は起こらないのだが、ポテンシャル障壁が2つある場合にはの場合にもこの共鳴透過が起こる*1。このことを実際に散乱問題を解くことで確認してみよう。
問題設定
上のようなポテンシャルの散乱問題を考えよう。そして、における波動関数を、の波動関数を、の波動関数を、の波動関数を、の波動関数をと置くことにする。
Schrödinger方程式とその接続条件
各区間におけるSchrödinger方程式を並べてやると次のようになる。
これらを解けばを積分定数として、
ここで、
である。
接続条件は、ポテンシャルが有限なことを踏まえると各波動関数とその微分が各区間端において連続であればよい。ゆえに、
であり、これらの方程式から積分定数を決めればよい。しかし、これを強引に解くのはかなり骨が折れるので行列を用いて解くことにする。そのために、それぞれを整理して次のように書いてみよう。面倒なのでと書くことにして、
と書き直せる。積分定数を求めるにはこれらの連立方程式を解けばよい。
積分定数の決定1
さて、上で求めた連立方程式を解くためにまず準備をいくつか行っておく。
行列について
ととを定義しよう。
また、連立方程式を解くためにの逆行列を求めると、その逆行列は、
となっている。
以上の下で上の連立方程式を改めて書き直すと、
となる。ここで、共通して出てくるのはという行列なのでこれをと書くことにしよう。そしてこれを具体的に計算してみると、
となる。これを用いて連立方程式を解いてみる。上の連立方程式を順に代入していくと、
となり、行列の計算を行えばこの連立方程式を解けたことになる。
具体的に行列を計算していけばよいのだが、少々面倒なのでかけていく行列の規則性に注目してみよう。上の式を見ると、はとのペアの繰り返しで出てきている。そこでこの二つをまとめてと表すことにし、これを転送行列と呼ぶことにする。なお、連立方程式を見直せばこの転送行列一つ一つ一つがポテンシャル障壁を一つ通り抜けることに対応していることがわかるだろう。
転送行列の成分を具体的に計算してみよう。定義から
とわかる。
今の場合の転送行列2つにおいては共通しているので、の成分のうちのみによる部分を文字で置くことにしよう。
このように置いたうえで連立方程式の解をこれらを用いて表すと次のようになる。
ここで最後の表式についてなどの引数について省略した。
以上から、連立方程式を完全に解くことができては、
とわかる。
ここで物理的な要請から変数を減らす。粒子はから入射してくるとしよう。するとの領域では反射波がないのでと置ける。また、簡単のためとしよう。これらから残りの変数について完全に決定することができる。
まず、について2つ目の式から
となる。そして、についても
と計算できる。
積分定数の決定2
あとはを代入すればよいのだが、先にについてある程度式変形を行っておこう:
これらを踏まえたうえで計算を行おう。
まず、の分子の部分について計算を行う。
ここで
である。
次にの分子の部分の計算を行う。まず、
である。なお最後の式変形においてを用いた。
よって、
とわかった。
最後にとに共通する分母の部分の計算を行おう。
ここで、がその定義から純虚数であったことを思い出そう。このことに注意したうえで実部と虚部に上の式を分けると、実部について
と整理できる。
続いて虚部については
となる。よって、分母の部分は、
積分定数の決定3
以上からとについて
と求められた。
反射率と透過率
今入射波の絶対値をと置いているので反射率と透過率はそれぞれ係数の絶対値二乗で与えられることに注意しよう。
面倒なのは分母の部分なので分母のみを先に計算しておく。
となる。
よって反射率と透過率は、が純虚数なことに注意して
であることがわかった。これは明らかにを満たす。
こうして得られた透過率について、であるときに、つまりエネルギーがポテンシャルよりも小さいのにも関わらず粒子が完全に透過してしまうことがわかるだろう。これが二重ポテンシャル障壁における共鳴透過と呼ばれる現象であり、江崎玲於奈によるトンネル電流の最も簡単なモデルである。
共鳴透過が起こる条件を調べよう。の定義より、は次のように書ける。
そして、左辺について、、を代入して計算すると、
となるので、結局、共鳴透過の条件は、
となる。
そこで、の単位系において、横軸に入射エネルギーを取り、、、、としてプロットしたのが以下の図である。
上の図において、赤線は共鳴透過の条件の左辺、青線は条件式の右辺であり、これらの交点が共鳴透過が起こるようなエネルギーに対応している。そして、緑線は透過率の対数を取ったものであり、である点で共鳴透過が起こっている。
共鳴透過の条件と井戸型ポテンシャルの固有状態
なぜこのような不思議な現象が起きているかを考えてみよう。
そのヒントは、二重ポテンシャル障壁において障壁と障壁の間が有限井戸型ポテンシャルのようになっていることにある。
有限井戸型ポテンシャルの固有値を決める方程式は、
であった。なお、ここで用いた井戸型ポテンシャルのモデルは一般に使われるような軸対象の問題設定とは少し違うことに注意せよ。具体的には、井戸の始まりはであり、そこから]まで井戸の底が続き、井戸の終わりがにあるような問題設定である。
さて、これと先の共鳴透過の条件式を見比べると、が右辺にかかっているかどうかの違いしかないことがわかる。がでになることを考えれば、有限井戸型ポテンシャルは二重ポテンシャル障壁においてとしたものであり、そしてこれは数値計算すればわかることなのであるが、共鳴透過が起こるエネルギーと有限井戸型ポテンシャルのエネルギー固有値は、右辺にがかかるかどうかの違いしかないのでほぼ一致する。つまり、入射粒子のエネルギーがポテンシャル障壁のはざまによって作られた疑似的な井戸型ポテンシャルが作っているであろうエネルギー固有状態のエネルギーと一致しているときに共鳴が起こり、入射粒子が減衰されることなく透過するのである。
終わりに
二重ポテンシャル障壁において共鳴透過が起こることの原因は、ポテンシャル障壁の間にできた疑似的な井戸型ポテンシャルの中でエネルギー固有状態のようなものが形成されていることであったことを考えると、ポテンシャル障壁の数を3つ、4つと増やしていっても同じような現象が起きそうである。けど、転送行列の計算がめっちゃ面倒そうなので、こういう行列が簡単にできる方法があれば誰か教えてください。
量子力学の演義でやらされるポテンシャル障壁の散乱にもう一つ障壁を付け加えるだけで変な現象が起きたりするのは結構面白いとおもう。その分計算も結構面倒になるけど。。。
*1:直観的にはかなり気持ち悪い現象だと思う。